【すべてがFになる】封印再度【Who Inside?】

ドラマ『すべてがFになる』第3、4話は『封印再度』である。
原作のサブタイトルには「封印再度」と“Who Inside?”と二重にストーリーの内容が含まれていたわけだが、それを無視してしまったわけだが、どうなってしまっただろう。


まず、前回書いた、「小説のすべてのエピソードを取り入れることは難しいので、省略と、それを補足する部分のさじ加減が難しい」という部分である。このエピソードについては、ミステリー部分だけではなく、言ってしまうと、ラブコメ部分があるわけで、どちらかというとこっちがメインで、ミステリー部分は添え物、と言ってしまってもいいくらいなわけだが、思いっきり無視してしまっている。
次に、時代背景がかけ離れている点であるが、携帯電話の多様など、ほとんど現代と整合性を合わせることはしていなかった。また、車が橋の上から転落するというシーンは、民放のテレビドラマでは再現が困難であるということか、かなり不自然なシチュエーションに置き換えられていた。
ミステリー部分についても、「理系ミステリィ」的な要素はほとんどスポイルされ、横溝正史的と言うのか、いわゆる古い因習にとらわれた名家に起こる不可解な事件的な作品に書き換えられてしまっていた。
また、原作はフーダニットではなくハウダニットを見せる作品であったが、犀川がいかにして答えにたどり着いたのかの説明が不足していたので、その結果としてフーダニット的な説明不足について不満を感じる人が多くなってしまっているのではないだろうか。
うーん、分かりにくい説明だ。
何はともあれ、次回、次々回を見ないとなんとも評価できないのだ。
これまで避けて来たコンピュータサイエンスの知識がフルに必要になる(「F」の説明に何分費やせるか)
全く説明できない動機
残虐な殺害死体(これについては、予告編でも登場したが)
第1話の真賀田四季は、本物の真賀田四季であったのか
これらが明らかにならないと、何とも言えないだろう。

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