【SPEC】SPEC〜結〜爻ノ篇から1周年【もうどうでもいい】

今日は、映画『劇場版 SPEC〜結〜爻ノ篇』が公開されてから1年、つまり、『SPEC』が完全に終了してから1年の、記念すべき日である。
植田Pが「『結の2』をやって、それをまた4部作で」という話をして、戸田恵梨香さんに一蹴されたという話があり、「戸田恵梨香さん」にとって、「SPEC」は過去の遺物なのである。
ところで、全く違う話をするが、私は学生の時、現代国語の時間が苦手だった。
「この文章で著者はどんな気持ちでこの文章を書いているか」
とか問題を出されて、自分はテレパシーが使えるわけでもないので、「他人の気持ち」なんて分かるかい、と思ってしまっていた。
同じように、ドラマや映画を見るにしても、脚本の意図だとか、演出の意図だとか、出演者の意図だとかは全く理解することができない。実際に触れることが出来るのは、完成した映像作品に現れてくるものだけだ。
プロの評論家だと、インタビューをしたり、他作品への言及などにより、そういった作り手の意図というのは自然に分かるということだ。私はただの素人の駄文書きにしか過ぎないので、「正しい」作り手の意図というのは絶対に理解できない
そういった、ドラマを見る上での葛藤を解消してくれたのは、『ケイゾク』である。このドラマ、ぶっちゃけ、突っ込みどころ満載なのである。そして、作品としては拡散したまま、ドラマとしては完結した。ここから私なりに読み取ったことは、「こんな作品に、正しい作り手の意図を考えようとすることは無意味だ。したがって、見る人それぞれが独自の解釈をしていいんだ」ということである。
『ケイゾク』の続編的存在(いまではそれすら疑っている)の『SPEC』では、少し様相が違った。「起承転結」の4部作というイメージがあっただけに、特に連続ドラマの「起」では、作り手の作ったレールに沿って物語が展開する様子が、視聴者に容易に見えてくる仕掛けになっていた。そして『翔』では『起』での謎が解決することから解釈の余裕はなくなり、『天』では『結』で解決されるであろう、ということが見る人の解釈の限界となっていた。
ところが、『結』については、完結編である。しかしながら、謎を多く残した。
当然、作り手側の「正しい答え」は提示されない。
これは言ってみれば、バケツに穴が空いた状態で「完結です」と言われているようなものだ。
穴の空いたバケツに水(独自の解釈)を入れる作業は、言って見れば永遠に続けることができるだろう。
しかし、正直、もうどうでもよくなってます。
『SPEC』に関する評価も駄作ということで定まった感がありますし、
WOWOWで再放送されても注目度は上がりません。
いくら『SPEC』に関する記事を書いても、全くアクセスされませんから空しいだけです。
思いを共有した仲間との接触も、どんどん失われて、いや、自らの招いた失態で失っていっていますし、
『第3章』とやらはおそらく、幻だったのだろうと思います。
冷めてます。

ディスカッションに参加

8件のコメント

  1. SPECを一瞬でも1秒でも心の底から楽しめたのだからいいんじゃないですかね?僕は全くコメントとかしませんでしたけどずっとSPEC関連の記事は見てました。SPEC全記録集におーちゃんさんのコメントが載ってたりそれは、おーちゃんさんが熱心に、そしてこのSPEC、ケイゾクという作品を愛していた証拠なのではないでしょうか?

  2. コメントありがとうございます。
    正直、SPECに関する新しいインプットがなくなることへの恐怖があるんですよね。
    でも、昨日例のツイートというインプットがあって、少しだけテンションが上がったところ。
    「なんでみんなこんなことも知らないんだ」ってイライラしたのも事実ですが(苦笑)
    SPEC全記録集にコメントを書いた記憶はないですが、SPEC愛、ケイゾク愛はあったんですかね。

  3. 多分1年経ってもまだこういった記事を書いている人がいて、それを見に来る私達のような人がいることが、管理人さんのしていることが価値のあることということの証明ではないでしょうか?
    アメリカなんかでは30年、40年前の作品について「あれはいい作品だったよな」って日常会話で(半永久的に)言ってますし、別に昔の映画を懐かしんでもいいんではないでしょうかね
    実際、ここまで(支離滅裂で)理解に困る映画もまずないでしょうし

    ただ、やっぱり不完全燃焼感は否めませんね・・・
    結局、結をもう一度観て、①クローンニノマエなどSPECホルダー側 ②公安零課やシリーズ前半までの御前会議、サブアトラス会議などの反SPECホルダー側 ③セカイと潤 という大きく3つの派閥があるのがやっと理解できましたが、そこに当麻&瀬文や野々村係長、卑弥呼がどういった形で参加していたのか、脚本が雑すぎてまったく理解できません
    ~干~も結局は~結~爻のラストで描かれているバブルの話でしょうが、そこでも新たに共通無意識とか新しいコンセプトが登場しますし、まったくそこら辺の概念の解説が足りません

    この後に放映された安堂ロイドでも全く支離滅裂でしたし、そういう意味では「支離滅裂がデフォルト」ということは時間が経って理解できました(あれも本当は映画化される予定が、支離滅裂すぎて誰もついていけなくて結局ナース姿の本田翼とアンドロイド桐谷美玲目当ての男と、キムタク目当てのおばさんくらいしか視聴者がついてこなくて文字通り空中崩壊しましたし)

    最初から感じてましたが、ドラマシリーズの段階で本当は(視聴率が低くて)終わらす所を、
    翔~天~結とグダグダと続けてしまった結果、少しずつストーリーが崩壊してったんでしょう
    最初から連ドラ~結・干まで一気に脚本を書いていれば、ここまで酷いことにはならなかったと思います
    とはいえ、あそこまで実験的な(元はといえば23時台の)ナイトドラマが、興行収入ウン十億円の作品にいずれなるとは当時は予測不可能だったのでしょう

    完全に愚痴になってしまいましたが、未だに全然理解できないことが多すぎます・・・
    結局ブブゼラリーマンズは誰の指示で動いていたのかとか、最後いきなり出てくるケイゾクの2人はなんなのかとか(結の最後10分、全体的に意味不明です)、当麻の腕は一体なんなんだとか

    個人的にはさらに見返してみて、最後渋谷の雑踏の中に当麻と瀬文らしき2人が消えていくのはバトル・ロワイアルへのオマージュだったんじゃないかと今さら感じてみたり(バトル・ロワイアルの最後のメッセージは「走れ。」で野々村係長の名言も「心臓が息の根を止めるまで、真実を求めてひた走れ」ですし)
    救いがないのが、全作品を隈無く分析しても、作中の情報だけでは答えがでないのが辛いですよね
    「結局なんだったんだ」と、多大なる時間と少しのお金とワクワク感を全て無駄にした気分になります

    そしてまたBORDERとか死神くんとか素敵な選タクシーとか見ちゃうんでしょうけどね でも明らかに他はストーリーしっかりしてますし、オカルト物でもちゃんと最後オチつけてますし やっぱりSPEC(特に翔以降)は脚本に問題があったとしか思えません

  4. うーん何ですかね。
    私の中では、『SPEC』については全くもやもやするところも、不完全燃焼なところもないんですね。「完結」の二文字でしか。
    「起承転結」が前提にあって、最終回を「起」(き)にするために「癸」とし、そこから「甲乙丙丁…」のサブタイトルにしたという話ではあります。
    Web上からは消えてしまいましたが、『SPEC〜first blood』を道しるべに、「起承転結」の四部作をたどってきましたから、やっぱり道しるべ通りに進んで行ったなあという感じがしてるんですよね。
    確かに私の書いていることも若干揺れ動いているんですが、基本線の解釈は全く揺れ動いていません。
    翔・天・結でぶれているように見えるのは、東日本大震災の影響のようです。「天」のシナリオのあとがきに少し書いてありますけど。
    Twitterの方でも少し書きましたが、第7話(サトリの回)での冷泉の予言が、「結」での人類が先人類に滅亡させられる、という筋書きにつながっているわけですし、そのキーワードが「星慧」という名前に込められている、というのは私の勝手な解釈ですが。
    「〜干〜」はやっていないのでなんとも言えません。
    確かに、支離滅裂、というのは確かなのかもしれませんね。私が好きな作品は、支離滅裂な脚本の作品だけなのかもしれませんので。

  5. こんにちは。たまたま最近テレビシリーズのSPECKを観はじめまして、ブログおもしろく拝見させていただきました。劇場版まだ観ていないのですが、ネタバレ全く気にならないのでちょこちょこ拝見しに来させていただきます!

  6. 天と結は、実はエヴァを観まくって考察しまくってから観るとほとんど謎がなくなります(笑)

  7. 天と結は、実はエヴァを観まくって考察しまくってから観るとほとんど謎がなくなります(笑)

コメントをどうぞ

匿名 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です