【すべてがFになる】好きにしてもOK【数奇にして模型】

『すべてがFになる』第7、8話『数奇にして模型』。
果たして、このエピソードのドラマ化が可能なのか疑問だったが、テイストは上手く行っていたと思う。
それは、
・誰が犯人かということを物語の主眼に置かない(私は原作のプロローグを読んで、犯人が分かった)。
・常人の思考とかけ離れた犯行の目的。
・フィギュア、コスプレ(笑)、ペットボトルロケットと言った演出。
と言ったことが再現されていたところである。
言い方は悪いが、回を重ねるごとにできが良くなっている印象があって、非常にもったいない。
残念だったのは、毎回のことだが、やはり長い原作を前後編2回にしてしまったため、駆け足になってしまったこと、特に犀川がいかにして寺林にたどり着いたのかが、視聴者に辿れるようになっていなかったことである。
それと、物語の途中でエンドクレジットが流れるという性格上、「真賀田四季」のテロップが、真賀田四季が登場する前に出てしまうため、物語に四季が関与しているという、ドラマ独自の設定がネタバレしてしまったことである。
さて、次回は最後のエピソード『有限と微小のパン』である。これについては、小説が書かれた時代と2014年の乖離について、ドラマとは別に書きたいと思う。

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