【すべてがFになる】『有限と微小のパン』とバーチャルリアリティ

『有限と微小のパン』で示された未来像が2014年の世界とずれているのではないかということを、考察してみる。
ほとんど、ドラマの内容とは関係ない
なお、「この作品」「この時代」と記載した際、原作が出版された1998年を意味する。


この話において、バーチャルリアリティというものが大きな要因を占めることは、言うまでもないだろう。バーチャルな世界を、人間の眼前に視覚化させ、また、バーチャルな世界からのフィードバックを、人間の五感を使って感じ取ることが出来るようなものに置き換えようとしている。
物語の中で言うと「PVR」である。
そこまで行かなくても、この時代は、『封印再度』での瀬戸千衣のリアクションに代表されるように、コンピューター上の概念は一般人には理解しがたいものだったため、デスクトップメタファーに象徴されるように、メールとかフォルダとか、コンピューター上の概念をリアルなものに象徴させようとしていた。
ここからは自分の独自見解になるのだが、デスクトップメタファーを普及させたとされるMacintoshにおいて、デスクトップメタファーから外れたとある変更がなされたのではないかと思う。
それは、「アプリケーション」の存在である。
Xeroxが発売した、Starワークステーションにおいては、アプリケーションで書類を作成する際、道具箱に入っているさまざまな種類の白紙の書類をデスクトップに「コピー」して、作業を開始するというプロセスを取っていたという。(ちなみに、Windowsのエクスプローラーで右クリックすると、各種の新規書類を作成するメニューが現れるが、この影響ではないだろうか)
Appleが開発し、商業的に失敗に終わったApple Lisaにおいても、同様に、白紙のドキュメントをコピーして作業を開始するというプロセスになっている。
これに対して、Macintoshにおいては、シングルタスクのOSだったこともあり、新しい作業を始めるにはアプリケーションを立ち上げ、新規書類を作成し、保存、そしてアプリケーションを終了するとFinderに戻る、という一連の流れになっていた。
何が言いたいのかというと、ここで「アプリケーション」という現実には存在しないものが、デスクトップメタファーのなかに異物として混入したのである。
時を経て、Macintoshがマルチタスク機能を備えるようになっても、アプリケーションの存在はMacintosh改めMacのGUIを支配しつづけた。それはiPhoneにまで受け継がれた。これには、Appleのアプリケーション中心インターフェイスから文書中心インターフェイスへの転換を促そうとしたプロジェクト、OpenDocやNewtonといったプロジェクトの失敗が教訓にあるのかもしれない。
ところで、コンピュータの機能が進化しつづける中で、コンピュータ上の概念をリアルなものに象徴させる動きは、つい最近まで、各種アイコンのリアル化と行った形で進みつづけた。
しかし、それは突然終わりを告げる。
「フラットデザイン」の流行である。
アイコンは、象形文字が漢字へと変化したように、リアルを模した物から、抽象化したデザインへと変貌し、その他のインターフェイスについても、過剰な装飾は排された。
こういったデザインが受け入れられるようになった要因としては、現代の人間が、コンピュータ上の概念を現実世界のそれに当てはめて考えなくなったということがあるのではないだろうか。例えば、電子メールは、現実世界の手紙に当たるものではない、単なる「メール」である。フォルダは「書類ばさみ」ではなく、コンピューター上のファイルを格納する入れ物として認識するようになったのだろう。
さらに、次々と登場している新たなサービスは、リアルなものへの象徴を必要としなくなっている。ウェブだったり、それを利用したツイッターやFacebook、LINEといったサービスがそうである。そしてそれらはスマートフォンにおいては、Macintoshでいうところのアプリケーションとして提供されている。
こうなってくると、『有限と微小のパン』でナノクラフトが実現しようとした「コンピューター上の世界を現実世界に模した形で再現する」手段としてのバーチャルリアリティは必要なくなってしまったのではないかと思うのである。むしろ、現実世界をコンピュータ上に再現する地図やGoogleストリートビューなどのサービスや位置情報を利用したゲームなど、現実に仮想現実を加える拡張現実のほうが、トレンドとなっているようだ。
私は森博嗣氏の『S&M』シリーズ以降の作品などをほとんど読んでいないので、この小説と現実のずれについて、氏がどのように認識しているのかは承知していない。これは、あくまでも私の個人的な見解である。

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