【SPEC】ケイゾクを見ていない人のために パート6【ケイゾク】

前回パート5の続きである。
繰り返しになるが、以前、「ケイゾクを見ていない人のために」という記事を書いた。
『ケイゾク』を見ていない人に、『ケイゾク』の魅力を伝えるというのは、このブログの究極の目的であるが、その目的は全く果たせていない。
今回は、パート2でも少し述べたが、『キャラクター造形の魅力』についてである。
あるがしかし、今回はそれが今となっては『ケイゾク』の魅力としてあまり打ち出せないことを述べる。


『ケイゾク』のキャラクター造形が、落語をモチーフにした、人間の多様性を表現したものであることは、パート2で述べた。
『ケイゾク』放送当時、「東大法学部卒のエリートで、推理マニアだが、身の回りにだらしなく、風呂に入っていなくても平気な女刑事」という柴田純のキャラクターは、実に新鮮なものであった。
そして、バディとなるのが男性刑事だけれども、恋愛ものではないというパターンも、新鮮なものだったといえよう。
しかし、今となっては、その「柴田純と真山徹の魅力の新鮮さ」は、失われてしまった。
このドラマの後、様々な男女ペアの推理物が作成されたこともあるし、なんといっても、このドラマを作り出した堤幸彦監督自身が『トリック』『SPEC』といった作品を作り上げてきたことによる。
今となっては、『ケイゾク』は『トリック』『SPEC』に似たような作品、と言われてしまうだろう。
しかし私は、柴田と真山は、後発作品にはない独自性を持ったコンビだと考えており、「無類のコンビ」と呼んでいる。このような関係は、1999年の中谷美紀さん、渡部篤郎さんでないと実現不可能であったのではないかと思うくらいである。
これは、個人的な見解であるし、「ケイゾクを見たことがない人」にとっての魅力にはならないだろう。

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