刑事ドラマと言えば、事件が起きて、それを刑事が捜査するというのがワンセットでの定番。その事件も、殺人事件が多い。
毎週放送の連続ドラマだと、毎週1つの事件が起きて、それを解決するということになる。
しかし、いくらなんでも殺人事件が多すぎるだろう、というのは、感覚的には分かるだろう。
それを、統計データを使って実証的に説明してみようという試みである。
平成26年警察白書によると、平成25年に警察が認知した殺人の件数は、938件である。
ここで、注意すべき点が二つある。
一つは、「認知」ということである。これはすなわち、警察が事件として取り扱ったものが938件ということである。後で述べるように、事件として取り扱われない殺人もあるかもしれないわけだが、その場合そもそも刑事が動く以前の話なわけだから、刑事ドラマにはなりえない。
もう一つは、「殺人」ということである。ここでいう「殺人」とは、刑法第199条の殺人罪及び予備・未遂罪を指しているのであるが、犯罪の結果人が死に至るものは殺人罪だけではない。刑法の勉強のようになってしまうが、例えば殺人罪と傷害致死罪は、死亡という結果だけを見た場合、犯人が殺人を意図していたのか、傷害を意図していたのかを突き止めないと分からない。つまり、犯人逮捕しないと分からないということである。このようにして犯人の主観によって罪名が分けられることを、主観的構成要件要素という。
話が横道にそれたが、人が死んでおり、その死が人為的にもたらされた状況が認知された場合、最終的に傷害致死罪となる場合でも「殺人」として捜査されるであろう(多分、私が警察白書をよく読み込めていないと思う)。
強盗殺人罪など、その他の罪名の犯罪については、殺人罪よりさらに重い罪が課せられる場合もあるが、発生件数はかなり少ないようだ。
また、交通事故に関するものが、圧倒的に多く、ここには含まれないが、ほとんど、刑事ドラマで取り扱われる例は少ないだろう。
さて、この938件という件数、総務省による平成25年10月1日現在の人口推計による、日本の総人口(在日外国人を含む)1億2729万8千人と比較すると、およそ135,700人に1件という発生件数となる。例えば傷害の認知件数、27,864件と比較しても、本当に、本当に殺人事件というのは少ないのだいうことが分かる。
2時間ドラマなどで、犯人が崖の上で犯行に至った理由を語るシーンは、定番だが、統計データが示すように、殺人という人間が行う行為としては極めてレアな行為に対して、通常人が理解できるような理由を求めることは、不必要という考えのもと作られたミステリーも、いくつかある。『ケイゾク』の第2話などは典型だし、『私の嫌いな探偵』は、2時間ドラマをパロディーにして、犯人の「語り」に興味がない探偵、という定番の演出をしていた。
さて、938件をもう少し地方レベルで検証してみる。
東京都が全国人口の10.4%を占めるのであるが、警視庁の統計によると、警視庁における平成25年の殺人の認知件数は、94件と、全国件数に比例しているのが分かる。傷害が3148件、傷害致死が4件である。
警視庁捜査一課では、年間94件(プラス継続案件)の殺人事件を扱っているわけだ。
こうして見ると、確かに毎週1件ありそうに見える。しかし、実際には、警視庁捜査一課には殺人犯捜査第1係から第9係まであり、殺人事件、傷害事件を取り扱っている。単純に計算すると、1つの係で年に10件程度の殺人事件と、年に350件程度の傷害事件を新規で取り扱っていることになる。
では、警視庁の所轄ではどうであろうか。
警視庁の所轄でもっとも殺人の認知件数が多いのが、町田署の7件。新宿署の5件、深川署、東村山署の4件と続く。月に1件も殺人事件が起こることはなく、殺人の認知が1件も無い所轄のほうが多い。「踊る大捜査線」のあとに出来た、東京湾岸署においても、殺人の認知は1件もない。
つまり、警視庁や県警本部、所轄の殺人事件を扱う刑事たちは、ほとんど、傷害や暴行といった粗暴犯の捜査に多くの時間を費やしているのではないかと思われる。
毎週のように殺人事件が起きて、その捜査に追われる、などという光景は、現実には存在しないだろう。
しかし、日本で1年間に起こっている殺人事件が938件しかないという訳ではない。
『ケイゾク』最終回の真山のセリフを覚えているだろうか。
「日本で1年間に起こる殺人事件は、約1千数百件。その一方で特異家出人つまり、犯罪に絡んで行方不明になっている人間の数は約1万5千人。仮に殺されているのがそのうちの1割だとしても、1千500人の完全犯罪が成立してるって訳だ。俺たちが知ってる真実なんてのはな、ほんの一部だ。分かったか」
殺人事件の件数は、相当減少しているのだが、警察白書では「特異行方不明者」と呼ばれており、「犯罪に巻きこまれたり自殺したりするおそれ等がある行方不明者」は、平成25年には、48,920人にまで増加している。
この中には、無事発見される人も多いようだが、自殺する人もいる。犯罪の加害者もいる。そして、犯罪としては認知されないまま殺されてしまった人もいるだろう。決して、刑事ドラマでは取り上げられない「闇の世界」である。
そうやって考えると、『ケイゾク』はよくできた設定だったのだな、と持ち上げてしまう。取り上げられる事件は、過去の未解決事件であるから、毎週のように依頼人がやってきても、1年前の事件だったり、2年前の事件だったり、7年前の事件だったり、13年前の事件だったりするわけだから、まったく不自然ではないのだ。とはいえ、その未解決事件をきっかけに新たな殺人事件が起こるエピソードがいくつもあるのだが(笑)
前述したとおりの台詞を、真山にしゃべらせているのだから、今まで私が書いてきたことを前提に『ケイゾク』は作られているのだろう。