『SPEC〜結〜爻ノ篇』のパンフレットで、評論家の宇野常寛氏が「『ケイゾク』から『SPEC』へ」という評論を寄せている。
そのなかで、「ケイゾク」も「TRICK」も、ニセモノたちが溢れかえる世界に主人公たちがその知性で挑んでいく物語だった、という記述がある。その典型例として、『TRICK』のエピソード1において、逮捕された「母の泉」幹部の津村が、山田奈緒子を糾弾するシーンを上げている。
ここで、意図的なのかは分からないが、このエピソードの核心部分を無視している。
それは、母の泉の教祖が、インチキではなかったということを告白するシーンだ。
たしかに、「ケイゾク」や「トリック」は、一見ニセモノたちに主人公が挑んでいく物語の体をなしている。
しかしそれだけではないのではないか。
それが、『SPEC』によってはっきりしてきたと思う。
『トリック』については取りあえず置いておくことにして、『ケイゾク』を見つめ直す作業をする。
皆さんが知りたがっているであろう朝倉についてはまたの機会に書くとして、今回は第5話『未来が見える男』について、かなり以前にも少し書いたことがあるが改めてちゃんと検証してみる。
この物語において、当初、犯人鷺沼の超能力が全てトリックで解決することが前提に立って進展する。鷺沼の超能力は、自作自演によるものか、曖昧でどうにも取れるもののどちらかだ。そして、鷺沼が超能力を使わずにトリック殺人を犯したことを柴田が暴いて犯人が逮捕され、事件が解決する。
ここまでは、ニセモノの超能力者に柴田と真山が挑んでいくストーリーとして、一旦収束する。
しかし、柴田が最後に「あなた、青井さんの居場所をどうやって見つけたんですか」という問に、鷺沼が、「それぐらい見えるさ。俺は本物の、超能力者だから」というところで、真実は曖昧になり、新たなストーリーが始まる。
さらに、真山への言葉、「あんたを追っている人が、今日殺されるよ」これは今までのものとは全く違う、真の未来予知だ。
そして真山は、現場を目撃して、未来予知の真実味に恐怖する。これが、SPECということだろうか…
すると、「お前ら大衆が、自分より優れた能力の持ち主を、認めたくないんだ。認めたくないばかりか、追いつめて、追いつめて一人ずつ、お前ら殺していくんだよ」と言うセリフ、実は裏で公安零課が働いていたのではないか?という妄想が働く。
ケイゾクには、表と裏があるのはご存知の通りだと思うが、この回はこの場面から裏ケイゾクに突入する。
表ケイゾクは、あくまでもトリックを暴いていくストーリー。
裏ケイゾクは、真山と朝倉の因縁に、柴田が巻き込まれていくストーリー、であるとともに、『SPEC』の原点でもあったということも考えられる。
あまり『SPEC』から見つめ直す視点になっていないが、取りあえずこのへんで。