3月1日、映画の日ということもあって、映画を1日3本見た。
そのうちの2本は、『花とアリス殺人事件』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN I』
奇しくもいずれも前日譚という形式を取っている作品だ。
アニメ作品で前日譚という形式は、それほど意外でもないが、実写作品の前日譚をアニメ作品でやるというのは、あまりないのではないかと思う。
しかし、それは合理的なことなのだ。
実写作品というのは、言うまでもないが、現実に存在するものを使って作る必要がある。
したがって、旧作で撮影に使ったものが前日譚に登場しなければならないとして、それが現実にはなくなってしまっていたとしたら、撮影は困難になる。
同じことだが、「過去」を扱った作品で避けて通れない問題として、その時その場所に存在しなかったはずの建物や構造物が存在したり、その逆をどう解決するかということがある。
もちろん最近はCGの進化があるので、こうした問題はある程度は解決できる。
もっと深刻な問題として、キャストの年代を遡らせることはできないということがある。『花とアリス』は2004年の作品(さらにオリジナルは2003年)、『花とアリス殺人事件』まで10年以上の時が流れている。ぶっちゃけ、みな、歳を取っている。
実写を使った前日譚の苦労というのは、『SPEC〜零〜』が最たるものだ。植田プロデューサーに言わせれば、「なんということを…」ということのようだが、堤監督のこだわりで、『SPEC』第6回で「回想シーン」として撮影したシーンをそのまま使ったものだから、そのときのシーンと繋がるように(雪が降ったりしたようだ)大変な苦労をされている。
アニメというのは、全て人工的に描かれるから、そうした問題が生じることはないのだ。
それがよくわかるのが、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』である。
この作品は、アニメパートと、実写パートで構成されているが、実写パートのシーンは、風景も、人々の服装も、一目で1995年(ごろ)だと分かるくらいであり、今同じシーンを作ろうと思っても、おそらく違和感がありすぎて無理であろう。
アニメを使えば、そういう違和感をなくすことができる(もっとも、『花とアリス殺人事件』は、背景に実写の映像を基にした水彩画風の絵を使っている部分で、不自然がないわけではない)
さらに、声は容貌ほどには年代を感じさせない。したがって、『花とアリス殺人事件』では、『花とアリス』で演じた俳優に、同じ役で声優を演じさせて、あまり違和感を感じさせていないのだ。
『花とアリス殺人事件』の例を見ていると、もし、万が一、『SPEC』と『ケイゾク』の間を埋める作品を作るというなら、それはアニメで作ったらいいのではないだろうかと思えてくる。実は私は(真山殉職という)見たくない作品であるのだが。映像化していないから死んでいないことにしているわけで、アニメとはいえ映像になったら否定することはできなくなってしまう。
ところで、もとが『機動戦士ガンダム』というアニメの前日譚であるアニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN I』において、逆に声優の変更が目立つのが興味深い。これは、オリジナルからあまりにも時間がたちすぎており、亡くなられた声優もいることも要因の一つではあるが。